もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

記憶

私は叫んだ、「シチューが食べたい!」

若い頃の日記が出てきた。2012年8月、8年前だ。 いやー、うちのお父さんはカレーが大好きでして。この夏にもたびたびカレーを作って下さる。が、僕は断然シチュー派です。2012年8月15日17時時点の脳細胞会議の議決によれば、47億対1億でシチューの勝利です。…

散髪

散髪の記憶。私にとって散髪の記憶は、家と、床屋と、ほんの少しの美容室で出来ている。私が今までに美容室に行った回数は記憶にある限りでは2回であり、床屋のほうは数知れない。女性をはじめ、まったく逆だという人もいるだろう。 家 最初は家で母に切っ…

とるに足らない記憶。自転車で転んだこと

小さい頃の記憶。普通ならば強く記憶に残る出来事にはそれなりの理由があるものだ。好きだった幼稚園の先生の背中にしがみついたことであったり、父親に引っぱたかれて母の胸に逃げ込んだことであったり、たいていは強い感情とともに刻まれた記憶であり、細…

K先生

人にはいろいろな思いやりのかたちがある、ということが分かったのは、意外と最近のことかもしれない。 小学校のときに、Kという先生がいた。私が小学1年生のときに3年生の先生だったか、とにかく「上の学年の先生」として覚えていて、ほとんど関わること…

大戸屋のおじさん

大戸屋に行った。私はいつも「”むしなべ”、五穀米大盛、すまし汁変更」を頼む。要するに塩分に気を付けつつガッツリ食べるという意図だ。やれ長生きする食材だのなんだのと言う健康オタクになったつもりは無いけれども、塩分と言うのは食生活で気をつけるこ…

笹かま

ラーメン屋でライスを口に押し込んだ私は、満腹のあまり吐きそうになりながら、昔のことを思い出していた。 食べ物を残すということが「悪」であると学んだのは、言うまでもなく学校の給食だった。そのくせ、給食はときとして子どもにトラウマを植え付けるの…

思い出せないマンガ

高校生のころの思い出といえば、たいていの人はそれなりのものがあるに違いない。例えば、生涯の友となった親友との出会いであるとか、初めてのアルバイトであるとか、あるいはちょっと危ない武勇伝であるとか、そういうことだ。 一方で、わたしが高校生時代…

泣いた記憶

4歳のころは、とにかく泣いていたことだけは覚えている。ある日突然、幼稚園の教室に「おに」がやってきて、「いやだ、いやだ」と泣きわめいていた。 注射のときも泣いていた。病院へ行くのは知っていて、「なにしにいくの?」と聞いたら「注射」だと言った…

風呂

風呂に入るたび、わたしはガス会社の作業員のことを思い出す。わたしが19歳のとき、家の給湯器が壊れた。水風呂に入るわけにも行かないので給湯器の交換を頼んだ。工事の人が来て作業をした。なんどか外に出たり家に入ったりして、「確認をお願いします」…