もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

散髪

 散髪の記憶。私にとって散髪の記憶は、家と、床屋と、ほんの少しの美容室で出来ている。私が今までに美容室に行った回数は記憶にある限りでは2回であり、床屋のほうは数知れない。女性をはじめ、まったく逆だという人もいるだろう。

 最初は家で母に切ってもらっていた。それで記憶のあるのは、丸刈り事件。そして自分でやらかした前髪ばっさり事件である。

 丸刈り事件というのは、幼稚園の年中のころだったか。あの頃の私はおかっぱにしてもらっていたと思うが、風呂場での散髪中に暴れてズレてしまった。そしてやけくそになった母が私を丸刈りにし、大泣きした。それからしばらく丸坊主でふてくされた私の写真がいくつか残っている。

 前髪事件の方は、中学校の入学式当日のこと。何を思ったか私は前髪を切ろうと思った。おそらく髪をくためのギザギザの入った緑色のはさみと、まっすぐの赤いはさみがあった。そして赤いはさみで迷いなくはさみを入れたところ、おでこだけが斜めに丸出しになってしまった。おそらくそのまま中学校生活を始めたはずだが、なぜかバカにされたり陰口を叩かれた思い出はない。ショックのあまり忘れてしまったという感じもしないが、実際にはそうなのかもしれない。それからというもの、はさみで前髪を整える子たちも男子女子問わず居たが、私が散髪用のはさみを一切触らなくなったのは言うまでもない。

美容室

 美容室に行った1回目は、7歳ぐらいのころ、駅前のパチンコ屋の入ったビルの2階にある小さな美容室だった。母のついでに行ったその美容室でまず私の美容室恐怖症が形成された。前髪も伸び放題の完璧なマッシュルームのようになっていた私は、「どうしますか」と聞かれ、注文の仕方がまったく分からずに「2cmぐらい」と言った。そのときの美容師さんの戸惑いと嘲笑の混ざった態度は今でも忘れない。そのあとのことは記憶にない。

 2回目は中学生のころで、姉と揃って行ったその美容室では、雑誌を見たりして決めようと思ったがまったく分からなかった。それに、校則上真似できないヘアスタイルのほうが多かっただろう。結局男性の美容師さんにすべてお任せした。カット中も部活のことなどを聞いてくれて、感じのいい美容師さんだった。最後にワックスを使って頭頂部をおしゃれに飾ってくれたのを覚えている。あれが私の人生中もっとも頭頂部が格好良かった瞬間だった。

床屋

 これで私の美容室歴はすべてだが、床屋の方はもう覚えていないくらい通ってきた。覚えているのは、まず祖母の家の近くにある床屋だった。今でも70歳を超えて営業されていて「いつまで出来るか……」と感慨にふける今日この頃だけれども、私が通っていたころは50代だったことになる。パーマのかかった銀色の髪で、毛先をパープルに染めているのが印象的だった。祖母の家に行くたびに、姉と揃ってカットしてもらっていたものだ。いつから行かなくなったのか。

 小学2年生のころに父と行った、市内Hという場所にある3000円ほどの床屋。オーダーも父にお任せ、ベーシンに首を突っ込んでシャンプーをしてから長い直刃のかみそりでうぶげを剃ってくれたことだけを覚えている。ここは一度しか行かなかった。

 1000円カットに一人で行くようになったのは中学生の頃だったろうか。注文の仕方は当初からほとんど変わらない。最初は「短めで」か「短めで、刈り上げ無し」だけで、それから「前髪は眉のあたり、耳を出して、刈り上げ無し」で今まで生きてきた。それから10年以上、20代も後半になってようやくリラックスして注文したり理容師と二・三の会話をすることが出来るようになったが、それまでは床屋というのは緊張してあまり好きではなかった。基本的に眠ったふりをするのは今も変わらない。

 散髪についてはまだまだ記憶もあるのだが、例によって思い出そうとするといまいち思い出せない。ポンコツ脳は気まぐれなので仕方がない。