もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

新宿御苑の温室へ行く

 新宿御苑の温室に行ってきました。今日は晴天。温室はなおさら、めちゃくちゃ暑い!

 けれど、見慣れない植物がいっぱいで楽しい。花だけではなくて、葉っぱも面白い! こんなに色々な種類があるのだから、生き物って、本当に不思議だなあ……とあらためて感じさせてくれる場所。

 他の人は温室の暑さに耐えられなくてスイスイ移動してゆくのだけど、私はなんだかんだで30分ぐらい居た。半袖Tシャツ1枚で相当汗だくだったので、訪れる人には熱中症や汗対策をおすすめしたいところ。以下、写真と簡単なメモ。スマホ撮影につき画質とピンボケはご容赦……。

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私は叫んだ、「シチューが食べたい!」

若い頃の日記が出てきた。2012年8月、8年前だ。

 

 

いやー、うちのお父さんはカレーが大好きでして。
この夏にもたびたびカレーを作って下さる。
が、僕は断然シチュー派です。
2012年8月15日17時時点の脳細胞会議の議決によれば、47億対1億でシチューの勝利です。

 で、カレーが続けば続くほど「シチューが食べたい!」と思うわけです。もちろんホワイトシチューです。作ってくれるのはクレアおばさんじゃあなくたっていいんです。
でも、お父さんはところどころで絵に描いたようなB型っぷりを発揮しておりまして、もうカレー以外はアウトオブ眼中のようであります。

 そこでですね、もし僕がささやかな音楽家であれば、まず「私は叫んだ、『シチューが食べたい!』」という、駄作のオペレッタを作ります。これは、偶然ある手柄を挙げた鼻たれ坊主が、王様から「褒美をやる、何が欲しい」と尋ねられたのに対して、迷わず「シチューが食べたい」を答えたことに感銘を受けた王様が、その坊主に一生分のシチューを送りつけてやったと言う幸せな物語です。

 この劇はなぜか世界中のシチュー派の心を打ち、この曲はとりあえず大ヒットします。
そこから、作中の一曲を主題にした「”ああ、僕の恋人、シチュー”の主題による大幻想曲」を作り、ありったけの技巧をぶち込みます。これは、両手から十本の指が生えている人が全精力を費やして演奏するぐらいの難曲です。

 この大ヒットを父親が耳にし、その曲を聴いた父親、あのカレー派の権化である父親に「良く考えてみれば、この曲からは、シチューを囲む温かな家庭の光景が、ありありと想像できる」と言わしめます。

 めでたしめでたし。


注1)この人は暑すぎて頭がおかしくなっています
注2)カレー好きな人、真面目な人、注1)によりスルーしてください
注3)怒らないでください
注4)ちなみに、レトルトのシチューをお披露目したところ、とたんに不機嫌になりました

2020年6月30日追記:いまだにカレーばっかり作っているみたいです

音楽系ブログを独立させました

 このブログから、音楽系の内容を分けました。これからは音楽系の内容はhishaismの打ち込み日記のほうにまとめてゆきたいと思います。恐れ入りますが、そちらの方面でこのブログを登録してくださった方は、hishaismの打ち込み日記のほうを登録して頂きますようにお願い申し上げます。

 そもそも「最初から分けておけよ」という話なんですが、当初「こんなブログ自分以外見ないだろう」と何も考えずに一緒くたにしてしまいました。

 日記のほうは見てもらう想定のない、いわば自分以外にとってはゴミの文章。一方で音楽のほうは、無名のクラシック作品を広めたい意味もあって――宣伝まではしない(できない)けれど――出来れば見てもらいたいコンテンツ。というわけで、内容の分裂が著しいので分けることにしました。こちらはこれまで以上にへんてこな日記になる予定です。毎度すみません。

散髪

 散髪の記憶。私にとって散髪の記憶は、家と、床屋と、ほんの少しの美容室で出来ている。私が今までに美容室に行った回数は記憶にある限りでは2回であり、床屋のほうは数知れない。女性をはじめ、まったく逆だという人もいるだろう。

 最初は家で母に切ってもらっていた。それで記憶のあるのは、丸刈り事件。そして自分でやらかした前髪ばっさり事件である。

 丸刈り事件というのは、幼稚園の年中のころだったか。あの頃の私はおかっぱにしてもらっていたと思うが、風呂場での散髪中に暴れてズレてしまった。そしてやけくそになった母が私を丸刈りにし、大泣きした。それからしばらく丸坊主でふてくされた私の写真がいくつか残っている。

 前髪事件の方は、中学校の入学式当日のこと。何を思ったか私は前髪を切ろうと思った。おそらく髪をくためのギザギザの入った緑色のはさみと、まっすぐの赤いはさみがあった。そして赤いはさみで迷いなくはさみを入れたところ、おでこだけが斜めに丸出しになってしまった。おそらくそのまま中学校生活を始めたはずだが、なぜかバカにされたり陰口を叩かれた思い出はない。ショックのあまり忘れてしまったという感じもしないが、実際にはそうなのかもしれない。それからというもの、はさみで前髪を整える子たちも男子女子問わず居たが、私が散髪用のはさみを一切触らなくなったのは言うまでもない。

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今日の夢

 車に乗っている。カーブの続くトンネル道を進んでいるが、ドライバーの女性は普段乗っている車との違いに慣れず、壁にこすったところ火がついてしまう。後ろにいたプロドライバーの友人が車を止めて「あーあ、気をつけなきゃ」と言った。気がつくと、火は消え、焼け跡に焦げたスポンジのようなものだけが残っていた。

 

 駐車場の坂道。志村けんが、せんべいを漂白剤で洗っていた。おばあちゃんらしき格好。「塩素系漂白剤ですか?」と尋ねたところ、「製品のテストだよ」と言っていた。「ははあ、お笑いだけじゃないんですねえ」と言うと、ニコニコしたまま坂道を下りていった。

 

 コンビニ前の駐車場。大きなトラックを停められる大きな駐車場なのに、脇にはトラックが通れない細い道路が通っている。曲がり角にスナックがある。

 駐車場では老若男女みんな体育座りしていて、漫才を披露する大会をやっていた。体育座りをしてそれを見ていた私は、何故か体育座りをしたままコンビ芸人のコントに飛び込むことになった。コントはダダ滑りだったのだが、何故か人気芸人(不明)が助っ人に現れ、コンビニの壁に貼り付けられていた車のナンバーを力ずくで剥がすと少しウケた。大会も終わった別れ際、コンビ芸人の一人が、観覧していた女の子が知り合いのアイドルらしいと言い、ならば話に行けばいいじゃないかと私は言った。

 

 私は子どもで、父親のたこ焼き屋を手伝っている(言うまでもなく、すべて現実とは異なる)。たこ焼きだけではなく、鉄板の上では焼きリンゴ。それもなぜか円盤状に成形されている。私はそれを鉄板の上に乗せていた。子供心に、もっと手伝いをしたくて、別の鉄板に火をつけた。するとたちまち炎が上がり、手がつけられなくなった。火を止めようとした父親はコンロの前で卒倒。一酸化炭素中毒らしい。自分は慌てて逃げ出す。つながっていた自宅から玄関へ飛び出すと、母親がいて、私を抱きしめた。