もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

若葉台〜聖蹟桜ヶ丘を散歩

 8/30 若葉台〜聖蹟桜ヶ丘まで歩いた。とくに目的は無く、学生時代を過ごした多摩丘陵がふと懐かしくなり、みはらし緑地を再訪しようと思い立ったのと、若葉台にはコーチャンフォーという有名な書店があったのを思い出したからである。

 京王線の区間に入り調布の先まで乗ったのは学生以来数える程度、久しぶりのことだった。

若葉台駅北口

 駅の北側に出た。学生時代の暇な時には、反対側からはるひ野方面に歩いたり、車両基地を望む長い坂を上ってみはらし緑地に出る道を歩いたりした。

 今回は賑やかな商業施設で復刻版のシゲキックス(めちゃくちゃ酸っぱい)を買い求め、いかにも多摩らしいゆるやかな長い坂、綺麗な集合住宅の横をだらだらと上っていった。

駅前ロータリー

 夕方から卓球をする予定だったので、リュックサックにはシューズとラケット、読む本などを詰め込んでいてなかなか重たい。駅に着いたときにはずいぶん涼しいと思っていたが、リュックを前に後ろに掛け変えながら、長い坂道を上った。

フレスポ若葉台裏から若葉台中央通りへ

 坂道を上り切ると交差点があり、コーチャンフォーは少し下ったところにあった。肝心の写真を撮る気力はすでに無く(笑)、再読するためにナボコフの「絶望」と永井荷風の「濹東綺譚」を買った(数枚先の写真)。

右手の建物がコーチャンフォー若葉台店

 来た道を戻り、若葉台公園へ出た。広々として簡単なトレーニング用の遊具(?)もある。なにより地形がすごい。

若葉台公園

 公園横の団地を抜けると、なんか「昭和記念公園とかにある、レンガ柱で日よけのおシャンティなやつ」が。そのままAIで検索をかけたら「パーゴラ (Pergola)」と言うらしい。のび太式検索でもいけちゃう時代になったのだとけっこう感動した。

 

若葉台小学校付近

 

これぞ多摩丘陵

 いくつもの階段を上って、

 

薄いほうが濹東綺譚(どっちだよ)

 コーチャンフォーで買った本である。なぜみはらし緑地からの眺望を撮らなかったのかは謎である。

 その後、道なりに桜ヶ丘方面に歩いて、このあたりで多分唯一の飲食店、増田屋さんで撮ったのが上の写真である。

 ここでそばと親子丼を食べた。昼時なのに私以外には誰も居らず、後から地元の人らしき老人がもりそばを食べてさっと出ていった。

 そばが思ったより少なかったからと、新たに追加で茹でてくれた。「多いと思いますが、残してもいいですからね」と言われたが、さんざん歩き疲れて空腹の極致だったので残すわけがない。親子丼はだしと一緒に煮てあり、色は茶色っぽく見た目は良くないのだが、私にとっては昔ちょっとした贅沢でとった出前といえばコレ、懐かしいタイプの親子丼である。グーグルでの評価はあまり高くない店なのだが、”私にとっては”星5つであった。

 

個人店ならではの、人情の味だった

 「美味しく頂きました」と伝えて店を出ると、予想だにしない言葉への戸惑いの間を開けて、後ろから「ありがとうございました」と聞こえてきた。その一連の場面が記憶に残った。一期一会である。

 シゲキックスを食べながら、坂道を下り桜ヶ丘公園に入る。うねうね迂回しながら旧聖蹟記念館へ。メインのルートではなかったからか道が荒れていて、草木を踏み分けながら進むと、旧聖蹟記念館があった。

丘の上にあり大昔は眺望がよかったらしい

 桜ヶ丘公園のゆうひの丘からの眺望もよかったのだが、女の子たちが撮影をしていたのでそそくさと丘を下りた。

 

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 街道をまたいで裏側から坂を上って桜ヶ丘に出る。いわずと知れた「耳をすませば」の聖地である。

 

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 数組の家族連れが、パンフレットを持ち歩いて散歩をしていた。映画初出から30年以上が経った今、平日でも作品を思い出しながら歩く人が居るということに感動を覚えた。が、自分はロータリーまで歩いたあたりで疲れてしまい、バスで聖蹟桜ヶ丘駅まで戻った(笑) いろは坂を下る元気はもう無かった。

喫茶店で横柄に注文する人について

 喫茶店でたまに見かけるのが、注文を聞かれて「アイスコーヒー!」とだけ叫ぶオッサンだ。下手をすると、注文を聞かれる前に座った時点で「アイスコーヒー!」と叫ぶオッサンも居る。紳士とは程遠いこの中年男性を、私はおじさんではなく、あえてオッサンと呼ぶ。

 もしもここが対等な関係におけるサービスを前提とした強気な喫茶店で、もしも相手が意地の悪い店員だったなら、この横柄な注文に店員は冷笑を浮かべてこう答えるだろう。

 「…………は? アイスコーヒーがどうかしましたか?」

 彼が傲慢で居られるのは、周りの人間がそれを許しているからである。客だから仕方がないと諦めるにせよ、相手にするのもバカバカしいと思って機械的に相手をしているにせよ、どんな意図であれ結果としてそれを黙認しているからである。

 とはいえ、ここで彼を断罪したいわけではない。それどころか、礼儀や作法をすっ飛ばして自分の要求だけを突き付ける無駄の無さは、彼なりに理にかなったことではあると思う。それが周りに不快感を与えるという問題はさておいても、動機自体は理解は出来る。

 通常のやりとりなら、客が席についてから水を置く、そして「後でご注文お伺いいたします」「あ、注文お願いしていいですか?」「かしこまりました。少々お待ちください(端末やメモを取り出す)…………どうぞ」「アイスコーヒーでお願いします」くらいのやり取りはある。が、彼はそれらをすべてすっ飛ばして「アイスコーヒー!」とだけ言う。すがすがしい限りだ。

 彼は家に帰ってもそんな感じなのではないか。例えば妻からの「おかえりなさい。今日はご飯にする? お風呂にする?*1」という問いかけに、彼は「ただいま。いやあ、今日は食べて来たからお風呂にするよ」などとは決して言わない。彼は、玄関の扉を開けてすぐに「お前」と言うに違いない(これがなぜ"お前"になるのかは、「ご飯にする? お風呂にする?」の紋切り型を知っている人でないと通じない)。彼の第一声は「ただいま」ではなく「お前」である。

 私が彼に抱いた不快感は消し飛んだ。

 東京03の「嫌いな上司」というコントでは、悪質なパワハラ上司が赤ちゃんの行動と重なることに気がついた瞬間、恐ろしいパワハラの場面が一転して滑稽な場面へと転換する。それと同じように、日ごろ不快だったり怯えたりするようなことでも、見方を変えれば笑い飛ばせるものもあるのかもしれない。

もしも語彙力が無かったら

 ふと思った。言葉が思いつかないとき、それを他の言葉で言い換えることは間々ある。では、もしそんな言い換えだらけの文章だったらどんな文章になるだろうか。

 例えば、「昨日の夕方にちゃんこ鍋を食べた」という文があったとして、「ちゃんこ鍋」という言葉を忘れてしまったとする。これを辞書的なワードで補足してゆく。

レベル0(原文)……昨日の夕方にちゃんこ鍋を食べた

 まずは「ちゃんこ鍋」を辞書で引いてみよう。

レベル1(日常的な言い換え)……昨日の夕方に力士料理の鍋料理を食べた

 さらに、「力士料理」と「鍋」を辞書で引いてみよう。

レベル2(説明)……昨日の夕方に大鍋に季節の野菜や魚・鶏肉などを入れて煮立て、つけ汁やポン酢で食べる力士料理の鍋料理を食べた

 さらに「大鍋」と「季節」と「野菜」と「鶏肉」(魚は”うお”としか出ないので省略)と「力士料理」と「鍋」と「料理」を辞書で引いてみよう。

レベル3(説明の説明)……昨日の夕方に、大型の鍋に1年を天候の推移に従って分けたときのそれぞれの区切りの、食用とする植物の総称や魚・食用の鳥の肉などを入れて煮立て、つけ汁やポン酢で食べる相撲取りの、材料に手を加えて食べ物をこしらえたものを食べた

 結論。うむむ。むしろ語彙力ありすぎなのでは?

今日の夢

 自宅にいるが、ある曲のギターのコードが分からずに居る。譜面を探すが見当たらない。出そうとした紙類のゴミのなかを探すが見当たらない。父はものを溜め込む人だったが、捨てすぎるのも考えものだと思う。外に出ようとするが、姉に聞こうと思い一度戻る。姉も知らないというので外に出る。2階建てのアパート群から公園にかけて、途中までレンガ敷にしたばかりの痕跡がある。かなりずさんで手作り感がある。どうやら近隣の地主夫妻がこつこつと作っているらしい。公園の左右に曲がりくねった道もレンガ敷にしつつあって、それを見た若手の社長が「うちのほうまでやってくれ」と頼んでいた。これは事業になりそうだ。

 図書館の広場か、スーパーの広場に居る。私は自転車を押していた(前にいた関西人のおじちゃんに何か褒められた気がするのだが、よく覚えていない)。

 特殊メイクによるマスクを何枚も剥がすと、庵野監督の顔が現れる。得意げに「私を忘れたのか」と言う監督に、私もまた得意げな表情で「何か生命に対する冒涜のようなものを感じます」と言い返す。そこは学校の教室で、私たちは最後列に居た。先頭列に宮崎駿監督が居て、こちらに向かってにやりとする。私と友人(と認識しているが、実際には某芸人)は大はしゃぎで教室を飛び出る。宮崎駿監督が教室から出てきて「私の授業を受けてほしい」と言う。隣の教室に入り、小さなデスクのついたイスに座る。「日時を変更したので誰も居ないが、気にしないでほしい」と言われる。確かに予定より一時間も早い。また日付と曜日も一致しない。配られた紙に日付を書こうと、近くの事務机から鉛筆を取る。鉛筆はナイフで削られていて、懐かしい肌触りがした。

映画「マンハッタン」「魔女の宅急便」

マンハッタン

 7/5 TOHOシネマズシャンテにて鑑賞。ウディ・アレンによる1979年作の映画。オープニングの「ラプソディ・イン・ブルー」と、ブルックリン橋の場面が有名だ。改めて見ると粗野でいて夢と希望に満ちた輝かしい街ニューヨークの情景に、音楽がピッタリマッチしている。

 物語としては雑多な時代を感じさせるというか、清潔(背徳を排除する)になった現代からすると全く共感の余地は無い(笑) 破天荒で魅力的な中年男が未成年の少女と交際し関係を持ち、しかも友人と不倫相手が破局すれば口説き落とし、成功すると「やっぱ未成年は無いよな」と少女を切り捨て、不倫相手にフラレればまた少女のところに戻って縋り付く……本当にどうしようもない男である。それでもそこに魅力を感じさせる泥臭い人物造形が不思議と共感を呼ぶ。それは本作が自叙伝的な内容になっているからこそなのだろうと思う。

魔女の宅急便

 7/13 TOHOシネマズ日比谷にて鑑賞。1989年公開の言わずとしれたジブリ作品で、リマスター版がやっていた。思い出補正というやつか、冒頭のキキの子ども的な振る舞いすら、鬱陶しいと思うどころか忘れていた新鮮な気持ちを呼び起こさせられるようだった。

 子どものころに観たときの記憶で、最後の救出劇だけを覚えていた。この場面は言わば観客へのサービスとして後から追加されたものだそうで、大衆への迎合と言えばそれまでだが、芸術性と大衆性のあいだでバランスを取ることで多くの人の記憶に残る作品になったとも言えるのではないか。

 大人になってから観ると、この物語が単なる冒険譚ではないことを理解する。すごくピュアで、ちょっとだけ才能のある少女の内面的な成長、そして一つのコミュニティに受け入れられるまでの物語だったのだと理解する。

 ジジは何故言葉を話さなくなったのか? こういうことをあまり考察しすぎずに気楽に見るほうがよいと私は思っている。強いて言うなら、ぬいぐるみ的存在だったのが自立することで不要になったのだと理解している。デッキブラシで飛行するときの真剣な目を見れば明白で、冒頭と全く違う少女の姿がそこにあることは間違いがない。大切なのは、キキが仕事のつらい一面にぶつかり、それを乗り越えたということなのだろう。

 労働とは何か、才能とは何か、というような問いもありながら、それでも見知らぬ土地でひたむきに懸命に生きようとするキキの姿にハッとさせられるのは、子どもよりはかえって大人たちのほうではないか。見返してよかったな、と思った。

マンハッタン

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