もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

F. Chopin, Barcarolle in F-sharp major, Op. 60.

 ショパン舟歌(作品60)を打ち込んだ。ピアノの表現を求め続けたショパンの、一つの到達点だと思う。これまた人気の高い作品で優れた演奏も多いのに、なぜわざわざ打ち込んだのかと聞かれれば、やっぱりこの曲が好きだからということに尽きる。

 この曲もまた、一見親しみやすくて間口は広いのだけど、いざ足を踏み入れるとどんどん奥深くに迷い込んでしまうような、底知れない魅力を持った作品。

 以下、制作メモの野暮ノート。例によってすべては私の思い込みで、根拠はない。

 


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 打ち込みメモ

 (例によってショパンの楽譜は版によっていろいろ異なる。記号やスラーはもちろん、音高すら違う場合も珍しくない。なので、譜例は参考程度に)

 序奏の一音。柔らかく、けれど存在感のあるギリギリの強さで。ドーン! バーン! ではなくて(笑)、明るく優しい、春の日差しのように……。続く部分は内声と左手の音階を感じながら。

譜例1、冒頭部

 ペダルを正確に。ほぼ同じパターンで繰り返される。右手は cantabile で二重唱のように。個人的な好みだけど、右手が歌いだしてからの左手16分音符は、輪郭を目立たせすぎないように、柔らかく踏み替える。

譜例2、4小節目から

 小節間はペダリング上切られがちだけど、この作品は当てはまらない。特に8小節目終わりの左手のfis音はずっと響かせるくらいの気持ちで。あと右手フレーズ中のこういう跳ね上がる音が大好き(個人の感想)。特に優しく打鍵する。

譜例3、8-9小節目

 このスタッカートも羽根が触れるように優しく。当然、そのあとの付点四分音符のほうにアクセントが来る。そしてこのあたりから音程が広がる(と言っても6度だから3度)。

譜例4、10小節目

 水の飛沫がはじけて、穏やかな水面に戻ってゆく……。

譜例5、14-15小節目

 32小節目は92小節目でも響きを変えて繰り返される。さらに dim. が cresc. になり、エキエル版ではペダルの終わりも休符の前から後へ位置が変わっている。ハッとするような休符が差し挟まれる作品といえばロ長調ノクターン(作品32-1)を思い出すけれど、エキエル版ではそちらでも同様の変化がつけられていて、これに従うと表現が全く変わる。今回はあえて従ってみた。

譜例6、32小節目

 陰影の差すような中間部もよいけれど割愛して、78小節目のところが一番好きな部分。dolce sfogato(ドルチェ・スフォガート)という私のidはここから取っている。この指示はこの作品以外に見たことがなく、音楽家でも同様の方がほとんどだと思う。ショパンが好んだ声楽の用語なのか、あるいは独特のニュアンスをこの言葉でしか表現できないと考えたのか。

 中学校の夏休みに、図書館へ伊和辞典を参照しに行った。そこには「(稀)風通しの良い」とあった。それ以来、「やっと言える、やっと伝えられる」というようなニュアンスなのではないかな、と勝手に思っている。心に秘めた、本当に大切な思いを。

 もちろん声楽用語である可能性もあって、さらに言えば、特定の誰かの歌声をイメージしていた、なんて可能性もあるのかもしれない。

 

譜例7、78-79小節目

 102小節目のあたりは勝手にトンデモ解釈している。ten. をフェルマータに、dim. して riten. もかなり大げさにしている。これは私が f (エキエル版では sempre f)以後の部分を違う性格で表現するためにそうしている。分厚いオクターブと分厚い和音による力強い表現から、もとの多層的な表現へ。温度差を埋めるためにはこれくらいして熱冷ましをしないといけない。まあ、そんな指示は無いし、一連の繋がりとして勢いそのまま突入するのが普通なのかなとは思う。

譜例8、102小節目

 111小節目も我流トンデモ解釈。sf (エキエル版ではfz) はわずかに溜める。けれど、そのわずかな一瞬に、万感を込める。そして全てを清算して、また穏やかな世界に戻ってゆく。いろいろ書いたけれど、一番大切なのは、伝えたい想いや考えを乗せることであって、今回はそれがいくらか出来たと思う。人の演奏には遠く及ばないけれど、実現出来たことはゼロではないと信じたい。

 

譜例9、111小節目

 全ては終わった!

譜例10、116小節目