もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

銀座一蘭

 元日、仕事帰りにラーメン店の一蘭に行った。おせちよりも雑煮よりも先にラーメンを食べることになった。銀座(といってもほとんど新橋だけど)の一蘭は、「一蘭銀座店」ではなく「銀座一蘭」と名乗っているらしい。

 階段をぐるぐる回りながら下りて、店内に入ってまず驚いたのは、普通の店舗と値段が違うことだ。あれ、1180円……一蘭にしても高い。そう思いながらも惰性で食券を購入してしまったのが敗因だった。家族連れと思われる外国人の行列に加わって、薄暗い廊下に突っ立っていたときの私の顔は引きつっていた。

 ふと気になったのは、客を迎える挨拶が「いらっしゃいませ」ではないことだった。なんだ、呪文か? 「アニョハセヨー」と聞こえるので、韓国人向けに挨拶しているのかと思った。これが「幸せをー!」という言葉であることは、さんざん待って座席に通されてから理解した。自分の常識にない文脈の言葉が飛び交うと、いくら知っている言葉でも聞き取れないのだなあ、と思った(……ツイッターか何かで見た、聴覚情報処理障害というやつではないだろうかと、すこし心配になった)。

 この「幸せを」というのは、いらっしゃいませ、ありがとうございました、お気をつけて、頑張ってください、などの言霊を込めた挨拶らしい。ラーメン店に飛び交う「幸せをー!」という挨拶を聞きながら、なんだか宗教じみていると感じてしまうのは、私の心が貧しく、汚れているからかもしれない。

 ただこのラーメンを食べ終わった私が幸せになっていたかというと、そうでもないのは間違いがなかった。確かにうまい。これが普通に出てきたなら幸せだっただろう。だが、そのうまさにたどり着くまでの過程が厳しすぎた。長い行列。狭い通路で遊びはしゃぎ、駄々をこね泣きわめく子どもたち。食べ終わったのに延々おしゃべりしていてなかなか帰らない外国人(遠方から観光に来ていると思えば仕方がないが)。目の前の大人数のグループに席を空けるために、空席がちらほら出ているのに座れない。こうした苦痛をラーメンのうまさが消し去ってくれるかというと、それはなかなか難しい。

 それでも、どんぶりではなくずっしりと重みのある重箱に入ったラーメンには心が躍った。箱に入っているというだけで、開けるときのちょっとしたワクワク感がある。ただ重箱というからには、替え玉を入れた二の重があって、それで値段が高いのだろうと思っていたところ、そういうわけでもなかったのは少しがっかりした。重箱って、重ねる箱、ではないのだろうか?

 率直な感想を言えば、外国人向けに高級感を演出した店舗なのかな、と私は感じた。客層を見ても私が言った時点では外国人が大半、あと関西など遠方から観光に来たと思しき若い夫婦がいたものの、日本人はあまりいないようだった。正月という特殊な日ではあるので分からないけれど。そう考えたら、値段が高いのも納得ではある。

 そんなこんなで、思わぬところで外国人観光客(インバウンドというやつ)に向けた商売の戦略を見た元日だった。