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もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

回転寿司

駄文

 久しぶりに回転寿司へ行ったら、パネル注文するスタイルになっていた。だだっ広いフロアのチェーン店によくあるような、板場が客席から見えないところにあるスタイル(つまり板前と顔を合わせないスタイル)ではおなじみだけど、板前と顔を合わせる形の店でパネルを用いているとは驚いた。つまりこう言っては否定的に聞こえてしまうが、目の前に板前が居るにもかかわらず、板前を一目も見ることなく注文ができるのである。

 しばらく行かないあいだに、とてつもない進歩を遂げたものだと思った。パネルを用いれば、板前さんは注文を聞き間違えたり忘れたりすることを防げるし、注文ミスが減るのは客にとってもうれしいことであり、何より気軽に注文ができる。他にもいろいろな利点があるだろう。ただ、どうも板前との距離感が遠のいてしまった感じがして、すこし気が引けてしまう気もした。だから、せめて皿を受け取るときに「ありがとう」くらいは言おうと思った。

 注文ミスなどはありうるものの、声をかけて注文する良さも感じていた。みんなが声をかけて注文していると、不思議とそこに流れが生じる。注文しやすい雰囲気になる(だけど、注文が重なりすぎると、板前さんが気の毒になって注文をためらってしまったりもする)。「ぶりください」「じゃあこっちにも」なんてやり取りが出ると、これまた不思議な連帯感が生じる。だからやはり声を挙げて注文するスタイルも好きだったりする。ちょうど、吉野家が券売機を使わないのと同じ(とは言っても、吉野家は券売機でいいのでは……なんて思ってしまうのだが、そのあたりは思い入れの違いか、笑)。

 とはいえ、やはり注文しやすいのは便利で、すぐにその便利さに慣れてしまった。お茶を入れるノズルも、湯呑みを押し付けるかたちではなく、給湯口の下に湯呑を置き、横についたつまみを手で回すタイプになっていた。たしかに、湯呑みを押し付ける形だと、パッと見てどこからお湯が出てくるかがちょっと分かりにくいと思っていた。ボタンに湯呑みを押し付けるというのは、一度覚えてしまえばなんてことはないが、改めて考えればちょっと特殊な動作だと思うのだ。しかも、知らずに手で直接ボタンを押した人はほぼ間違いなくヤケドをすることになる(実際に、回転寿司屋に入ったことがなさそうな、立派な身なりをした女性がヤケドをしているのを見て、板前さんとわたしがそろってあわあわしてしまったことがある)。そういうところも日々改善されているのだな……と思いながら、4,5皿食べて出てきた。