もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

「味」

10/05 : 秋山徳蔵「味」

 ところが、ほんとうに良人を愛している女房は、たとえ料理は下手でも、どうしたらおいしく食べて頂こうか、これでは食べにくいからこうしておこう、汁が浸み出して手でも汚してはいけないから、紙を一枚入れておこう――そういった深い心遣いをしながら弁当をつくる。これが良人の心に響かぬはずがない。このように、料理をつくる心は、世の中のすべてに通ずると、私は信じている。 (pp. 196-197)
宮内庁宮内省)の総料理長として、50年以上にわたって天皇に料理を作り続けた筆者 (1888-1974)の随筆。少年時代のいたずら、料理修行、仕事に対する考え方、食に対するこだわり、宮中のしきたり、皇族や諸国の王族に関する逸話、友人や妻との思い出、どれも興味深い逸話ばかりです。職人としての矜持を感じさせながら嫌味を全く帯びないのは、そこに筆者という人間がみえてくるからなのだと思います。それは筆者が終始語っている、”料理などに大切なのは、まず人間であり心なのだ”という考えをそのまま文章で再現しているような、不思議な魅力があります。読みものとしてはもちろん、食が好きな人や皇族の方々の人となりに関心のある人、色々な人におすすめしたい一冊です。

◆まず綺麗な装丁が気に入りました。裏を返すと筆者の素敵な笑顔。モノをもたない僕は、「本を買いたい」と思うことがほとんどないのですが、この本はなぜかとても気に入りました。以下、気になった逸話やらのメモ。

七分づきに丸麦

昭和2, 3年に静岡の茶園へ行幸された際の話だそうです。陛下はそれに付き従った高官たちと陪食をおこないました。高官たちの食事は、折三段重の立派なものでしたが、陛下の食事は黒い握り飯のみ。それをみた高官が、「黒い握り飯は上等のもので、白いのが普通の握り飯なのだろう」とおもって黒い握り飯を食べてみると、じつにまずい。それをよくみると、七分づき程度の米に丸麦が半分ほど入れてあったのです。それが陛下の常食だと知り唖然としている一同に、陛下はこうおっしゃったそうです。「従医から聞いたのであるが、米の七分づきに麦を混ぜた飯は、衛生上たいへんよろしいそうである。食べつけてみると、味も白米飯よりもよろしいので、私はこれを常食にしている。しかし、私の好物だからといって、諸子に強制する気持はない。それで、半分だけ白米飯を加えて、これは参考までに添えたものである (p. 85)」。

筆者曰く「そのへんにいるつまらぬ役人どもや、政治家のほうが、ずっと非民主的である (p. 83)」ということであり、それを説話のように物語っている逸話だと思います。

スープ鍋をぶちまける

西洋修行中、筆者はシェフに「スープ鍋をストーブの上に持ち上げろ」といわれたそうです。その鍋は一人では到底持ち上げられないので、筆者は当然「できない」と答える。シェフと押し問答が続く。仕方なく筆者は「どうしても持ち上げろというんですか」と聞くと、シェフも意地になって「ウイ」という。厨房の中で、店主を含めた全員がこちらを見ている。そこで筆者は、鍋の把手に手をかけて、勢いよくスープをぶちまけた。そして、空になった鍋をストーブの上へドカンと乗せた。(pp. 42-46)

またあるときは、果物を切って出すという習慣が宮中になかったため、「果物を切って出すものではない」と文句を言われたことがあったそうです。それにグッときた筆者は「そうですか。じゃア、メロンも、西瓜も、丸ごと出しますから、そうお考えになっといてください」と返したそうです。(p. 100)

いずれも筆者が若かったころ(=血の気が多かったころ)の話だと思いますが、口でやり返すこの反撃の仕方が面白いですね。



宮中言葉

現代ことば御所ことば
=うちまき
=およね
御供米=おくま
飯(お上の御料)=ごぜん
飯(女官の料)=おばん
飯(自分の飯のこと)=はん
乾飯=ほもじ
赤飯=こわご、こわくご
かやく御飯にだしのつゆをかけたもの=ふきよせ
二度たきの飯=おふたたき
=おゆに
焦飯の粥=おゆのした
そばの粥=うすずみ
=おかちん
餅に餡をまぶしたもの=おべたべた
お汁粉=おすすり
菱葩(ひしはなびら)=御焼がちん
円形の餅片に少しの砂糖なしの小豆餡を盛ったもの=小戴(こいただき)
元旦に召しあがるお雑煮の一種=烹雑(ぼうぞう)
朝召し上がる餅=おあさのもの
菱餅=おひし、ひしがちん
かき餅=おかき、かきがちん
豆入りあられ=いりいり
そば=そもじ
冷麦=ひやぞろ
そうめん=ぞろ、ぞろぞろ
=おすもじ
萩餅=やわやわ
まんじゅう=おまん
せんべい=おせん
団子=おいしいし
ちまき=まき
白玉=うきうき
麦こがし=ちりちり、ちりのこ
さつまいも=きいも
小芋=ややいも
=おひや
=おさゆ
=ささ、おっこん、くこん
白酒=ささ、ねりおっこん、ねりくこん
雉酒=おきじ
甘酒=あまおっこん
=しろもの
味噌=むし、おむし
醤油=おしたじ
すまし汁=おつゆ
味噌汁=おむしのおつゆ、おみおつけ
漬物=おこうこ
菜の漬物=おくもじ
たくあん=こうもふり
すぐき=すいくもじ
副食物=おまわり
焼きものの総称=ひどりのもの
和物=おあえのもの
磨糠(すりぬか)=わりふね
納豆=いと
こんにゃく=にゃく
豆腐=かべしろもの、かべ、おかべ
焼豆腐=やきおかべ
揚豆腐=あげおかべ
小豆=あか
=あおもの
乾菜=のきしのぶ
ちさ=おはびろ
大根=からもの
牛蒡=ごん
南瓜=おかぼ
=ねもじ、ねぶか、ひともじ
にら=ふたもじ
にんにく=にもじ
たけのこ=たけ
たけのこ飯=たけのおばん
松茸=まつ
松茸飯=まつのおばん
つくし=つく
わらび=わら
かりん=あんら
=おまな
=おひら
甘鯛=ぐじ
鰹節おかか
いわし=おむら、おほそ
=あかおまな
えび=えもじ
たら=ゆき
はも=ながおまな
かます=くちほそ
かざめ=かざ
えそ=しらなみ
たこ=たもじ
さば=さもじ
にしん=ゆかり
かずのこ=かずかず
うなぎ=う
ふな=やまぶき
こい=こもじ
いか=いもじ
するめ=するする
このわた=こうばい
いりこ=りょうりょう
ごまめ=たづくり
ちりめんざこ=ややとと、じゃも
長熨斗=おなが
かまぼこ=おいた
なます=おなま、おはま
=くろおとり
=しろおとり
深い茶碗=しゅんかん
深い皿=おふかど
=おみはし
陛下のお品物(食品も含む)=大清(おおぎよ)
臣下の料=中清
いかき笊=せきもり
食物を細かく刻むこと=はやす
食物を切ること=なおす
漬物を切ること=わたす
物を焼くこと=ひどる
煮ること=したためる
洗うこと=すます
器物を洗うこと=おすすぎ
おから=うのはな