もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

M. Moszkowski - "2 Concert Etudes", Op. 48.

 モシュコフスキの演奏会用練習曲(作品48)を打ち込みました。正確には、今回第2番を打ち込んだのだけど、第1番も書いていなかったので、ついでにまとめて載せておこうと思った次第です。

 モシュコフスキといえば「花火」や「スペイン奇想曲」で広く知られている作曲家兼ピアニストだと思うのですが、そのなかには演奏される機会のほとんどない作品もあって、この作品48の練習曲もそうした作品の一つです。まだまだ発掘の余地があるかな……と勝手に感じています。全集はあるのでしょうが(調べていません^^;)。

 この作品48はYoutubeにもほとんど動画のない作品です。第1番はMIDI動画が一つだけ、第2番も初見視奏動画が一つだけ(2020年3月時点で)。という感じだったので、せめて音にしてみたい、と思って打ち込んでみました。以下、動画を並べておきます。

 というかこんなにかっこいい作品なのに! なぜ誰も弾いてくれないのか!(本音)

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うるう日はトイレ紙の日

 うるう年。うるう日。そんな日にトイレットペーパー騒ぎが起こっているとも知らず、帰り際に「こんな時勢だ、肉でも食ってパーッとやるか」と思ってスーパーに400gのステーキ肉を買いに行ったところでトイレットペーパーのところが空き地と化していることに気がついた。張り紙には「SNSの影響で売り切れた」「個数制限にする予定である」という旨が書いてあった。SNSの影響で、とわざわざ書くあたり、店長の怒りがにじみ出ていると思える。

 そもそもこのコロナ騒ぎについては、個人的には人びとの盲目的な行動に嘆息してしまう場面もたびたびあった。もちろん政府や諸機関の対応が国民の不安を解消出来ていないという問題もあって、そこには対処しえたであろう部分とやむを得ない部分(不確実ななかで、その時点の情報に基づいて判断を下さなければならないため)とがあると思う。が、持論の内容は正反対であっても問題をひどく単純化しているという点で共通している人びとの暴論や、不安にかられて感染防御としての効果は十分には期待しえないマスクを慌てて買い占めたりまったく関係のないトイレットペーパーを競い合うように消費する人びとに至ってはもはや何がしたいのか分からない。他人が所持・使用できないのを想像して自宅でひとりほくそ笑むのだろうか(もちろんこれは冗談)。実際には、家庭を守りたい、家族を守りたい、何かあったら大変だ、などと考えている「善人」が大半なのだろうとは勝手に想像している。ツイッターで見かけたのだけど、「オイルショックを経験しているからね、心配でトイレットペーパーを買いに来たんだ」というのは、実話か分からないけれど、もはやジョークじみていて笑ってしまった。経験から何も学ばなかったのか。あるいは経験から学んだのは、より完璧にパニック行動を実践することだったのか。

 幸い、私の数少ない知人友人にはこのトイレットペーパー騒ぎに関わるような人間がいなかった。そのことを、内心で少し誇りに思うというか、やはり私はいい人に恵まれているというか、この人たちを信じてきてよかった、と改めて思えた嬉しさがあった。

 トイレットペーパーを買い占めることはもちろんだけれど、トイレットペーパーが無くなるから買いに行かなければ、という行動をとることもまた、結果的には店頭からトイレットペーパーを無くすことに加担してしまうことになる。そういう人たちは「一つや二つならいいじゃないか、これは買い占めではない」というかもしれないけれど、むしろそういう人たちが集まることで結果的に店頭からトイレットペーパーが消えるということになっている可能性は無いのだろうか。これは、私の地元のドラッグストアではマスクが早い段階で個数制限されていたにも関わらずすぐに無くなってしまったのを見ていたから、そういう可能性も考えてみたくなる。マスクとトイレットペーパーでは感染防御に対する主観的な評価(マスクの場合は感染が防げると思って買うのかもしれないが、トイレットペーパーではまずありえない)が違うのでその違いがあるかもしれないけれど。

 そんなこんなで、うちのトイレットペーパーはあと6ロールです。無くなるまでに入荷してくれるだろうか。無くなったときには置いていておくれよ、と願うばかりです。それまでは下痢などで大量消費するハメに陥らないように、健康管理を務めようと思う。

オルゴールを鳴らすまで(動画はない)

 前回は説明書の一切ないところからオルゴールを組み立てるまでを書いたのだが、それから譜面を作ってみたので記録しておく。

 ちなみに私が購入したのはこのムーブメント。中国製の30音(一応参考までに)。

  で、まず困ったのは付属のシートにある音名と実際の音が違うということ。このズレでなにが困るかと言うと、音域のなかで作ったつもりが高低はみ出たり、半音が鳴らないということになってくる。

 付属のシートでは最低音がC(ド)と印字されているが、実際にはF(ファ)から始まる。また完全に半音階と言うわけでもない。このオルゴールの実際の音域と音階は以下の通り。

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オルゴールの音域、音階

 実際にはオクターブ高くなるのかな? そこはいい感じになるように修正して頂くということで……。半音階が使えるのはF4-F6の2オクターブ(第1線から上第3線)だけで、それもF4-F5は完全ではない。

 で、このなかで音が鳴るように、Musescoreで譜面を作ってみた。

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ショパン作曲、夜想曲第2番

 まず、音域を最大限に使うために変ロ長調にした。どちらかを合わせて妥協しようと思ったけれど、最高音と最低音が一致してくれるなんて! 8分の3拍子なのは、「楽々オルガニート」で読み込めるようにするため。(これを書いている時点で)8分の12拍子には対応していないので、エラーになってしまう。

 あとは、音をなるべく削る作業に苦労した。強弱があるわけではないので、伴奏がガチャガチャしているとメロディが聞き取れないし、たぶんモーターにも負担がかかって再生できなくなったりする。基本的にはメロディを響かせるように音を選んだつもりではある。

 で、これをMIDI形式で書きだし、「楽々オルガニート」で読み込んでなんだかんだ調節して、譜面シートを印刷。そしてカッターで裁断して、そのとおり穴をあけていった。そしてこのツイート。

 実際にはすごく雑で、弱起の設定を忘れてシートの小節線とずれてしまったり、つなぎ目はセロテープでくっつけただけだったりという問題はあるのだけど、一音も欠かさず(たぶん)、鳴るにはなったので大感動した。あとになって、ターンの部分(5連符の部分、実際の譜面には反映させなかった)も鳴るのではないかと思ったので、作ってみたい。

 ちゃんと箱を作って、動画を撮る技術を導入出来たら、動画にしたい……。

シート式オルゴールを組み立ててみた

 シート式オルゴール(オルガニートとも)を工作してみた。30弁の電動タイプのオルゴールに、モーターのスピードコントローラーを装着しただけの工作ではあるのだけど、実際に動いた瞬間はさすがに興奮した。

 シート式オルゴールというのは、譜面となる穴の開いた紙を読み込ませて再生するオルゴールのことで、譜面を自作して演奏できるという、最高のおもちゃ、あるいは楽器である。そして白鍵2オクターブ少しの20音タイプと、半音もいくつか含めた30音タイプ(あるいは33音)がある。半音が加わることで表現の幅が広がるのはもちろん、価格もぐんと高くなる。

なにがたのしいか(宣伝)

  • オルゴールの音色が落ち着く
  • 自分で好きな曲を再生できる!
  • 自分でつくった曲が音になる!
  • 手回しではなく電動なのでラク

用意したもの

  • ムーブメント(本体)
  • 電池ケース(単3×3)
  • 単3電池3本
  • PWMモータースピードコントローラー

 モータースピードコントローラー以外はアマゾンで調達。モータースピードコントローラーは別の店から取り寄せた。ムーブメントが約5000円、すべて含めて6000円程度(送料等含む)。

下調べ

 私は以前からこのオルゴールの存在は知っていたのだが、価格がネックで買えずにいた。どうせなら33弁が欲しい。だけれども33弁は3万円ほどだった。一から手作りされているとのことで当然の価格なのだけど、私は裕福でもないので、ちょっと手が出せなかった。

 それでつい最近それを思い出してアマゾンを覗いてみたところ、30弁のものが5000円以下で出ていた。安い。が、買ってみてビックリ。ムーブメント(本体)だけで木箱もなにもないのは知っていたのだが、説明書も何もない。モーターから銅線が丸出しになっている。「あとは自分でやれ」と言うことらしい。

 それで、電子工作などやったこともないのだけど仕方がない、いっちょやってみるか、と思って、届いた翌日に部品を買いに走った。

買うまで

 図面もくそもない。とりあえず、電源を電池にすることにした。ACアダプターが同梱されていたのだが、コンセントから電源をとるのでは持ち運びが面倒になるのは必至。また、再生速度を多少操作したかったので、DCモータースピードコントローラーをつけることにした。これはつまみがついていて、それを回すことでモーターの速度をコントロールできる。

 電池は単3電池3本で4.5V、それに対応した低電圧のPWMモータースピードコントローラーを用意した。コロナの騒動で中国から部品が入ってこないとのことで、国内のセレクトショップから取り寄せたので200円高くなった。こうした電子部品関係では影響が大きいだろうなと、改めて実感した。また電池ケースはアマゾンよりも秋葉原のほうが破格に安かった。アマゾンでは300円近くしたけれど、電子部品の店では100円以下で売っていた。定期券が利くので交通費も無し。足を使う大切さを知った(笑)

動かした

 で、あとはこれをはんだでつなげるだけの簡単なお仕事ではあった。あとは適当に穴をあけた試作の譜面を作り、試奏する。電池をセットし、感電しないようにビビりながら、つまみを回す。少し回したところでモーターが動きだし、紙を読み込む。おおっ、動いた、鳴った! 手回し式でも楽しいのは間違いがないが、やはりモーターで回すほうが楽だ。

 そんなこんなで、あとはこれを入れる箱を何とかしたいのと、絶縁すべきかどうか。モータースピードコントローラーの基盤が丸出しなので、素人的には感電が怖いのだ。

 箱については、小物入れの木箱に、譜面を通す穴をあけないといけない。それはシートがぴったり入る幅で、しかもオルゴールの読み込み口にぴったり一致しなければいけない。もちろん、紙の出口も同じことで、とくに箱のなかで詰まってしまうと間違いなくシートを破損するから、間違えるわけにはいかない。これが素人にはちょっとハードルが高い。どうしたものだろうか。

コーヒー

 いつの間にかコーヒーが飲めるようになっていた。砂糖なしのコーヒー。他人からすれば「あっそ」という話に違いないけれども、これは私のなかでは革命に等しい出来事だった。つまり、それまで「私」だと思って疑わなかったものが、じつは違うなにかになっていたということなのだ。よく、「人間の細胞は絶えず入れ替わっていて、数カ月で全てが入れ替わっている」などと言う話はいるけれど、それでも自分は自分だと思っていた。

 私にとってブラックコーヒーは「大人」の象徴であり、私には関係のないものだと思ってきた。あんなに苦いものを飲めるはずがないと思ってきた。この確信の強さは、おそらく他の人には分からないほどに、強固なものだった。

 だからこそ、何気なく出されたコーヒーを不味さも感じずにいる自分がいることに気がついたとき、私の空っぽの脳みそにひとつのクエスチョンマークが浮かび、それから「歳をとったのだ」という実感と、それに対する戸惑いと悲しみが、ゆっくりとやってきた。

 コーヒーの苦味は、人々に人生や恋愛のほろ苦さを連想させる。けれど、やがては、その苦味すら感じなくなってゆくのではないか。悪魔のように真っ黒な、地獄のように熱いコーヒーさえ、何とも思わないようになるのではないか。

 そんな不安をかき消すように、カフェオレに大量のはちみつを入れて、飲み干した。