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もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

怒りと発散

 怒りが「爆発」するなんて大間違いだと思う。だって、「爆発」したってエネルギーが放散するわけじゃないんだもの。怒りを爆発させてスッキリするどころか、むしろ燃料がそそがれて大炎上という感じ。

 例えば、最初は怒っていないのに、怒りを口にしているうちにだんだんノッてくる人は面白い。ライブを見ているような気分になる。ふふん、最初は理性的であろうと努力していたみたいだけど、そっちのほうが生き生きとしているんじゃないか、と、怒られながら心のなかでにやりとする。

 怒りの原因がある。燃料の塊がある。それに気がついてれば、火種をほうり込んではならないという自制が働く。けれど怒りというのは、その火種をほうり込みたいという欲求をまねく。それをしてしまえば、それこそ爆発することは間違いない。怒りを一言でも口にしたら、そこから真っ黒な感情が噴き出すだけだ。

 人が怒るとき、「自分は正しい」という思い込みが潜んでいることがある。それこそ真っ黒な燃料だ。これを燃えないかたちに分解したい。自分は本当に正しいのか。相手もまた正しいのではないか。怒りというのはブーメランになることも多い。天にブーメラン、脳天にブーメランが刺さっていることにも気が付かず、怒りのブーメランを投げ続けるというのは、はたから見ていると間抜けでしかない。

 自分も相手も正しいということがあり得るということは、10年でも生きた人間なら誰でも知っていることに違いない。人は良くもあり、悪くもある。だから割合で語るしかない。善人や悪人というのは、特徴を取り出して分類しているにすぎない。

 怒りを分解するだけでなく、皮肉や戯画というかたちで昇華することもできる。言葉に出来ないような負の感情を、工夫した表現に転換してみる。ばかをばかというのでは芸がないし怒りも消化できない。そのばかさをどうまぬけに表現するか。そこにちょっとでも工夫を凝らそうと考えるとき、怒りがいくらかそっちに転化されると思う。