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もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

渋沢栄一『雨夜譚』

 渋沢栄一の『雨夜譚』を読みました。渋沢栄一といえば、日本銀行第一国立銀行の創立に深く関わり、その他金融、保険、交通・通信、紡績といった分野で500近い会社の設立に関わったといわれています。その実業家としての一面も興味深いのですが、本書で語られるのはそれよりも前、生い立ちから大蔵省を退官するまでの経緯です。

 この本の主な内容は、生い立ちから官僚を辞職するまでの経緯について、五巻(=5章)で構成されています。

  • 第一巻:百姓の家に生まれ、浪人になるまで
  • 第二巻:一橋家家来となり、将軍家相続により幕臣になるまで
  • 第三巻:幕臣となり民部公子に随って西洋に渡るまで
  • 第四巻:日本へ戻り大蔵省租税正となるまで
  • 第五巻:大蔵省を退官するまで

 読んで思ったことをいくつかまとめておきます。

大転身

 まず驚くのは、その転身です。ごく簡単に表すと百姓→倒幕の志士→一橋家家来(幕臣)→明治政府官僚ということですが、討幕派が徳川御三卿の家に仕官する。あるいは将軍家の家臣が明治政府に仕官する。そこには幕府VS討幕(新政府)という図式では語りきれない複雑な関係が見えてきます。なぜ渋沢は、幕府の衰亡を予見しながら一橋家に仕官したのか。また、なぜ一橋家はそのような人物を登用しようと考えたのか。時代の激動ぶりを感じるような大転換です。

先見の明

 次に思ったのは、とにかく先見の明があったということです。幕府の衰亡を悟り、それからの時代をどう生きるべきかを考えていました。そのきっかけは青年時代、百姓身分だった渋沢に傲慢な態度をとる代官でした。そこでこのように悟ります。知愚分別のない人間が地方の領主や代官となり、自分は百姓という身分というだけでそれに従うしかない。これでは自分は百姓などやってはいられないし、このような腐敗を許しているようでは、幕府は早晩衰亡するであろう。

 このような考えに到達できたのは、四書五経などの読書によって自分の価値観を確立していたということがあるのではないかと思います。そのため、百姓であるがゆえに生じる身分の壁と、その理不尽さを痛感したのではないでしょうか。あるいは世代の違いによるのでしょうか。渋沢の父は、自分は百姓として生きる、役人が無法であろうと従うのみだと考えていました。この違いが興味深いところです。

課題発見

 次に、問題や改善点を見つけるのが非常にうまいということです。一橋家に仕官した渋沢は、幕府が衰亡するであろうという先見に基づき、一橋家に必要な政策を提案してゆきます。まず人材登用、歩兵取り立て、そして財政面で幕府から自立するために、米の販売経路の見直し(問屋を通さず売る)、藩札発行(木綿取引の円滑化)、硝石製造所の設立という三つの政策を提案します。それからの時代を見据えた問題意識をもち、そしてそれに対する改善点を打ちだしていることが分かります。

即断即決

 次に、即断即決の人だということです。まずは、攘夷を唱え決起しようとしたことがその例でしょう。幕府の衰亡という先見の明はありましたが、その解決策として攘夷という考えに至るや否や、親子の縁を切ることを求め、60人あまりの徒党を組んで決起を起こそうと決断します。これは仲間に説得されて中止するのですが、実行していればその後の渋沢が挙げた多大な功績はすべて無かったことでしょう。あるいは、倒幕を志しておきながら、一橋家に転身するということも決断する。ともに倒幕を志した渋沢喜作(栄一の従兄)と栄一が、一橋家への仕官に際してこのような問答をしています。このくだりは語弊があってはいけないので、引用しておきます。

喜「これまで幕府を潰すということを目的に奔走しながら、今日になってその支流の一橋家に士官するということになれば、とうとう活路が尽きて糊口の工夫を設けたといわれるであろう。また人の知る知らぬはしばらくおいてわが心に愧はずる訳ではないか」
栄「なるほどその通りに違いない。ダガモウ一歩進めて考えてみると、ほかに好い工夫もない、首を縊くくって死んだ所が妙でもない、(中略)なるほど潔いという褒辞は下るであろうけれども、世の中に対して少しも利益がない、仮令志ある人といわれても、世のために効がなくば何にもならぬ。」
(p. 61)

 この渋沢栄一の考え方はとても現代的だと思います。誇りのために死んだところで世のためになるわけではない。誇りのために生きようとすれば、人に寄食したり、誇りという理由で正当化して強奪に及ぶしかない。それならば、まずは一橋家に仕官し、誇りや真心というものはそれから示してゆくべきだということです。決断と行動の人であったということ、そして礼儀や道徳を重んじる一方で実際的な考え方の持ち主でもあったということが、渋沢の転身からもよく分かります。

強く物申す

 雨夜譚全体の語り口はおだやかなのですが、ときおり強い言い回しが現れることがあります。例えば、一橋家の家来として歩兵取立御用という役を仰せつかったときの話や、フランスから帰国して静岡藩に仕官するよう求められたときの話(怒って書状を相手の前に投げ出して帰った)などがあります。いかにも人間らしい部分が見えます。ほかにも、仲裁にあたるために正論を堂々と突きつけることもあります。交渉の仕方という点でも面白いのではないでしょうか。

 本書は口述を筆記したものなので、現代語訳でなくとも読みやすいというのもありがたいところです。細かな校注と解説もつき、読みごたえのある本でした。最後に、雨夜譚という表題について説明しているところを引用しておきます(このはしがきだけは口述ではないのでこのようになっています)。

今はたに三十年あまりの、種々の事どもを想いめぐらせば、ゆめうつつのわきだになけれど、身に実歴せしものは、まのあたりの如くおもわれて、忘れんとするも忘れがてなれば、さいつころより、うからやからの請いのまにまに、すぎこしむかしがたりを雨夜の徒然にうちいでしを、傍にて筆記せしものありて、その水茎の跡いつしか数かさなれるをみれば、われながら千秋を経し観あり、ついにこれを雨夜譚と名付けて、ひとつの冊子とはなしぬ。(p. 12-13)

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