07/22 : 正岡子規「仰臥漫録」
柩の前にて通夜すること無用に候結核をわずらった正岡子規が、その病床でつづったごく私的な手記です。最初は岩波文庫版をみかけたのですが、イラストがカラーで掲載されているので角川ソフィア文庫のほうを読みました。この手記はほんらいは公開を意図していたものではなく、生前にこの手記を書いていることを知った高浜虚子が出版を提案した際も、ごく私的なものだとして拒否したそうです。
通夜するとも代わりあいていたすべく候
柩の前にて空涙は無用に候
談笑平生の如くあるべく候
(p. 119)
基本的な内容は、その日の天気、食べたもの、便通、包帯の取り換え、来客、そして日々のなかでよんだ俳句など、ほとんどごく普通の手記のようです。それに加えて、思い出の追憶、家族への不満や心配、病気の状態を細かく描いている日もあります。
アマゾン(岩波文庫版)のレビューをみてみると、病床にあってなおひたすら力強く生きようとした子規像に感銘を受けた方が多いようです。全身はあちこちが悲鳴を上げ、口からは膿が出ており、腹痛に悩まされる。そんななかでふつうは食べようと思わないはずですが、子規は尋常ではない量を食べ続けます。例えばある日の日記を抜粋すると、このような具合です。
九月十日 薄曇 午晴苦痛のあまり夜中でも昼でも泣き叫んだという記述は何か所もあります。腹に穴があいたとも書いています。病床に「仰臥」していた子規が、それでも力強く生きようとするさまは、たしかに胸を打つものがあります。
便通間に合わず 繃帯取換
朝飯 ぬく飯二椀 佃煮 紅茶一杯 菓子パン一つ
便通
午飯 粥いも入三碗 松魚〔かつお〕のさしみ
みそ汁葱茄子 つくだ煮 梨二つ 林檎一つ
間食 焼栗八、九個 ゆで栗三、四個 煎餅四、五枚
菓子パン六、七個
夕飯 いも粥三碗 おこぜ豆腐の湯あげ
おこぜ鱠 キャベツひたし物 梨二切 林檎一つ
(pp. 31-32)
しかし他方で、この本の魅力はそれだけではないと思うのです。病床にあってなお楽しみを忘れない、ある意味で豪快な人間性が感じられます。そしてそれこそが、この異様ともいえる食に結びついているような気がします。生きるために食べていた、そしてその生への執念に感動する、という読み方には、違和感を覚えるのです(再読予定)。
そこで、ぼくがお気に入りの、お楽しみを忘れないような記述を記録しておきます。
男女の来客ありし故この際に例の便通を催しては不都合いうべからざるものあるを以て余は終始安き心もなかりしが終にこらえおおせたり 夜九時過衆客皆散じて後ただちに便通あり 山の如し (p. 125)じつは病状は「便通」を我慢することさえ非常に難しいほど悪化していたのかもしれませんが、それをわざわざこんなふうに書く。こうしたところにもまた、この本の、この著者の魅力を感じます。