もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

「次の駅で降りようか」

 鎌倉から北鎌倉へと北上する列車のなかでのこと。そこそこに混みあっている車内で、あるお子さんがトイレに行きたいと言い出した。彼ら親子はホームの人流に圧倒されるように慌てて乗り込んだものだから、トイレに行く間もなかったらしい。子どもの突然の告白に親御さんも驚きながら、ご夫婦で「次の駅で降りようか」と相談していた。しかし私は知っていた。この車両にはトイレがあることを。

 私は迷わず助言しようとした。けれど、喉まで言葉が出かかってハッとした。迷うのも、間違えるのも、旅の楽しみではないか。思い出の一部ではないか。彼ら夫婦が相談して決めたことに第三者が口を出すのは無粋なような気がした。私の助言が必要な状況でもない。そう判断した私は、窓の外に目を向けて、通り過ぎる佐助の山々を見ることにした。

 彼らは次の北鎌倉駅で降りていった。そして大勢の学生が乗り込んでくる。それからまた一度自問した。

「やっぱり、言った方がよかったかな?」