もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

財布を忘れた記念日

 まさかこの年になって財布を忘れるとは思わなかったし、会計のその瞬間まで気がつかないままで居ることも信じられなかった。だから今日は間違いなくお財布記念日である。

 久しぶりに連休があったので、仕事終わりに自分で自分を労おうと立ち食い寿司を食べに行った(もちろん店が混んでいたら行く気はなかった)。その時は財布のことなど意識さえしていなかった。それほどに、財布というのは持っているのが当たり前のものだった。

 ところがいざ会計となって胸ポケットに手を入れてみると、財布だと思っていたその胸の重みと膨らみの正体はただの文庫本だった。頭が真っ白になった。その寿司屋は超高級というわけではないがそれでも安い寿司屋ではなかったから、死ぬほど恥ずかしかった。

 「職場に財布を忘れてしまったので、取ってきますんで!!」と言ったら店の人は一瞬目を見開いたが、すぐに笑って許してくれた。銀座の人混みを猛ダッシュで突き抜け、職場まで取りに行った。一瞬、「このまま逃げたら店の人はどうするんだろうか」とも思ったが、もちろんそんなことをする気はない。私はまさしくメロスのように走った。板前との約束を果たすために、ひたすらに走った。

 …………などと、なかばパニック状態のときこそどうでもいいことを考えてしまうものだ。わずか数十秒の信号の待ち時間さえ長く感じられるあの感覚を数年ぶりに味わった。

 それで寿司屋に戻って「財布を忘れたXXです」と名乗ったら板前さんが優しく笑って迎えてくれたのは嬉しかった。

 たとえお金を持っていても(預金口座の残高が0以下でないという意味で)、それを持っていなければ何の役にも立たないということを今回ほど学んだことは無かった。もちろん電子マネーも、スマホやカードがなければまったく意味がない。

 さてさて、うまい寿司を食べてゆったりとリラックスして家路につくはずだったのに、妙なトラブルのせいでかえって頭が醒めてしまった。けれど、こんなハプニングでもどこか不思議な充実感があった。それは日常の形式ばった振る舞いから外れたもので、人と話す機会の減ったコロナ禍ではなおさら貴重になった一コマだったからだろう。そういうところで、今回財布を忘れたのも案外悪いことでは無かった……と思うことにしておく。