もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

「100日間のシンプルライフ」

 久しぶりに映画を観た。「100日間のシンプルライフ」。予告編で主人公ら男二人が身ぐるみをはがされてすっぽんぽんになってベルリンの街を走っているのが最高に面白くて、これは観るしかないと思った。あと、内容的にもスマホ人間*1が嫌いな旧型人間の私にはうってつけだと思って選んだのだけど、なかなか当たりだった。

 評論でもないから感想だけ書くと、まず物質主義・消費社会への批判というメッセージが予想よりも全体的に現れていた。かつて人びとは物を持たず、窮乏し、それでも自由や未来を信じた。しかし今の私たちは1万個ものモノを手にしながらも、心を満たすことが出来ないままに生きている。モノを持つことはそんなに幸せなことだろうか? スマートフォンを握りしめることは、あなたの人生にとってそんなに大切なことだろうか?

 そんな問いかけに、観客は主人公らとともに考えざるを得ない。どちらかというとお笑い路線なのかなと思っていたのだけど、そうではなかった。

 一例を示すと、主人公二人はかつて恋人を奪った―奪われたということで確執がある。これもグローバルな収奪や、使い捨てにする消費社会への批判になっている。本当に大切なものをたった一つ手に入れただけで充足している人間を妬み、奪い、それでも自身は満たされないまま、隙間を埋めようと同じことを繰り返す。

 あるいは、買い物依存症のヒロインは、よりハッキリと、消費がもたらす仮初の幸福感と、消費「させられ」続ける人間の病理を描き出す。

 もちろん、この映画を見ても「いうても世の中便利で楽しいし、そんなん知らんよ」という態度もあるのだけど、それでも私は、自分にとって本当に大切なものは何だろうかと、考えてしまった。

 あとは、ザッカーマン(ザッカーバーグっぽい)なるキレ者のIT企業家がリンゴ(アップル)を食べる隠喩や、元となったフィンランドドキュメンタリー映画へのオマージュとしてフィンランド語が登場したり、ニヤリとするところもあった。

 とはいっても、この映画を堅苦しいメッセージの映画として真面目に見る必要はなくて、ふつうにコメディとして笑って観るのが一番かなと思ったし、私は基本的にはそうした。主人公らのドタバタ。そして全裸でベルリンの街を大疾走。草原のなか全裸の主人公を前にしても一切狼狽ることのないヒロインに、こんな女性がいたらなあ! と思ったりもした(アパートの踊り場で全裸のまま慌てる主人公に遭遇した母子が淡々と「ペニスよ」と言う場面も最高に笑った。欧米って、ドイツって、そういうものかしら?)。

 コロナ禍で映画館はほとんど人がおらず、また声を出してはいけないのだが、私は肩を揺らしながらくすくす笑いながら観た。

*1:歩きスマホをしたり、人と話していてもスマホをいじったり、電車でもひたすらスマホをいじるなど、スマホ依存症とも言える一定の行動パターンをとる人びと。