もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

待ちわびていた光景

 長年手つかずの空き地があった。もともとそこは畑で、いも類を育てていたと思う。さらに春には梅が咲き、夏にはひまわりと、季節の楽しみを教えてくれる存在でもあった。僕が小さいころには白いトラックで乗り入れて畑の手入れをする老夫婦と息子らしき中年男性の姿があって、彼らが畑にいるときには、なんとなしにそれを一瞥してから遊びに行くのだった。その畑の向こうには巨大な壁のようにそびえ立つ林があって、空を遮っていた。だから、この林に手入れをして、通りから林の向こうの景色が見られるようになったらいいのに、と子どもながらに思ったものだった。

 その林は、畑が空き地になってからも残り続けた。いもも梅もひまわりも無くなり、ただの土になった空き地の向こうにある林は、人の手がほとんど入らない森となって、いっそう空を圧迫しているように見えた。

 それから5年ほど経ったとき、この森に一気に手が入った。背の高い木々が遮断していた光が入るようになった。やはり予想していた通り、通りからはるか遠く山々の影を見通すことのできる絶景の場所だった。このことを母に伝え、ごくささやかな喜びを分かち合った。

 さらに一週間ほどが経つと、空き地にも手が入り始めた。柵が設けられ、土が掘り起こされ、いっそう大規模な工事業者が入って巨大な土の山を作り始めた。開発うんぬんという看板が立ち、やがて10棟以上の住宅がここに並ぶことが分かった。もちろん、通りからは絶景は見えなくなる。目の前に住宅が立ち並び、その住宅群のなかでもごくわずかな家だけが、その絶景を見ることになるのだろう。

 子ども心にひそかに待ちわびてきた光景は、開発行為の藻屑と消えることとなった。