もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

「お茶が運ばれてくるまでに」「ブラウン神父の秘密」

08/31 : 時雨沢恵一「お茶が運ばれてくるまでに」

あなたはイスに座って、
ウェイターが注文を取りにきました。

あなたは一番好きなお茶を頼んで、
そして、この本を開きました。

お茶が運ばれてくるまでの、
本のひととき――
◆淡く優しい水彩の挿絵とともに語られる小さな物語。優しさのなかに、大切な問いかけが隠されています。大人なら「短い本だな、すぐ読んじゃったよ」と片付けるかもしれないけれど、子どもならそのなかにまた違った驚きを見出すかもしれない。ちいさな子どもに読んでほしい一冊。

◆「お茶が運ばれてくるまでに」読むはずが、喫茶店に行く途中の地下鉄のなかで読み終わってしまいましたが、何度見ても素敵な挿絵。


* 個人的お気に入り *
「ばけもの」:ばけものとは何者か?
「みため」:読みながら、”悲しくみえるのに、本人は悲しくない状況”などを想像していました。

09/07 : G. K. チェスタトン「ブラウン神父の秘密

 チェイスは、たったひとりの相手と話しているのに、百人の殺人犯を相手にしているような気がした。鬼の眼はそこはかとなく鬼気を漂わせているような気がするのである。 [...] 殺人犯の亡霊どものようなその黒い影のむらがりは、獄舎につながれてでもいるように、ストーブの赤い鬼火の魔法の圏内から抜け出すことはできぬが、それでも折あらば主人の鬼に躍りかかって八つ裂きにしようという身がまえで、いつまでもうごめいていた。 (本書より「フランボウの秘密」, p. 272)
◆透き通った眼、小柄で丸い体、大きな黒い帽子と黒い蝙蝠傘をもち、神父といえば真っ先にイメージする真っ黒な上着。およそ殺人事件に立ち向かう人間には見えないいでたちです。どうしてブラウン神父というカトリックの司祭が、殺人事件をすらすらと解決できるのか。ブラウン神父の人びとの罪に対するまなざし、そして著者の思想が読み取れる一冊。誰よりも罪の身近さを理解しながら、誰よりもそれを御する力をもつブラウン神父。今作も脱帽です。

◆ブラウン神父シリーズを読むのは「童心」に続いて2作目ですが、最初に驚いたのは、ブラウン神父が犯人がやすやすと逃がしていることです。その罪をすべて認識しながら、その裁きを法に託すということをしないのです。そもそも、この本では犯人を警察に引き渡した話が一つもありません。◆殺人者の心理を内面に映すことで推理し、ふつうの人びとが許さないであろう本当の罪を心から理解する。そのうえで許し、認める。そんな彼が、「あなたがたが人を許すのは、許すほどのことが何もないからなのだ (p. 266)」というのは、本当の罪を知ったとたんに手の平を返す人たちに対する強烈な言葉。まさしくブラウン神父の秘密が詰まった一冊です。