もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

心の愚鈍さについて

 「まあ、鳥さんがこんなに近くに来るのねえ!」

 と、大声をあげながらヒヨドリにずかずか近づいて行ったおばさんたち。さようなら、私と遊んでくれたヒヨドリさん……。

 

 と、私の言いたいことはこれに尽きる。私はこういう心の愚鈍さを嫌だなと感じる。心に視力というものがあるのなら、彼女たちは盲目に等しい。美しいからとほとんど無意識に手を伸ばす、その動きはまるで赤ん坊と同じではないか。そして自分が美しいと思ったその瞬間を、自分の手で握り潰す。

 私はそういう人の精神性に嫌悪を抱くし、隠さない。そしてそれだけの厳しい眼を自分に向けて戒めているつもりだ。そもそも、あちらも私みたいなのは願い下げだろうが……。

 おしゃれぶってケーキを食べても、ナイフの美しさなんて目もくれずに、刃元までベタベタに汚して食らい尽くす野蛮さ。それでいて自分は美しい、優しい、善良な人間であると思い込んでいる傲慢さ。ならば、こんなことを考える私は善良か? 結局はどんぐりの背比べか、同じ穴の狢か、目くそ鼻くそというものだろう。

 いやいや、素晴らしく生きる人たちを見よう。さもなければ、花のように超然と咲くのが、美しいと思う。私は私の美しさを目指して、咲くだけのことである。

財布を忘れた記念日

 まさかこの年になって財布を忘れるとは思わなかったし、会計のその瞬間まで気がつかないままで居ることも信じられなかった。だから今日は間違いなくお財布記念日である。

 久しぶりに連休があったので、仕事終わりに自分で自分を労おうと立ち食い寿司を食べに行った(もちろん店が混んでいたら行く気はなかった)。その時は財布のことなど意識さえしていなかった。それほどに、財布というのは持っているのが当たり前のものだった。

 ところがいざ会計となって胸ポケットに手を入れてみると、財布だと思っていたその胸の重みと膨らみの正体はただの文庫本だった。頭が真っ白になった。その寿司屋は超高級というわけではないがそれでも安い寿司屋ではなかったから、死ぬほど恥ずかしかった。

 「職場に財布を忘れてしまったので、取ってきますんで!!」と言ったら店の人は一瞬目を見開いたが、すぐに笑って許してくれた。銀座の人混みを猛ダッシュで突き抜け、職場まで取りに行った。一瞬、「このまま逃げたら店の人はどうするんだろうか」とも思ったが、もちろんそんなことをする気はない。私はまさしくメロスのように走った。板前との約束を果たすために、ひたすらに走った。

 …………などと、なかばパニック状態のときこそどうでもいいことを考えてしまうものだ。わずか数十秒の信号の待ち時間さえ長く感じられるあの感覚を数年ぶりに味わった。

 それで寿司屋に戻って「財布を忘れたXXです」と名乗ったら板前さんが優しく笑って迎えてくれたのは嬉しかった。

 たとえお金を持っていても(預金口座の残高が0以下でないという意味で)、それを持っていなければ何の役にも立たないということを今回ほど学んだことは無かった。もちろん電子マネーも、スマホやカードがなければまったく意味がない。

 さてさて、うまい寿司を食べてゆったりとリラックスして家路につくはずだったのに、妙なトラブルのせいでかえって頭が醒めてしまった。けれど、こんなハプニングでもどこか不思議な充実感があった。それは日常の形式ばった振る舞いから外れたもので、人と話す機会の減ったコロナ禍ではなおさら貴重になった一コマだったからだろう。そういうところで、今回財布を忘れたのも案外悪いことでは無かった……と思うことにしておく。

コロナ禍とともに歩む

お題「#この1年の変化

 

 私にとって「この一年」はどうだったろうか。思うところがありすぎて、色々なことが頭のなかをごちゃごちゃと渦巻いてまとめきれないから、一つだけ、一番強く感じたことを書いてみよう。

 コロナ禍で生活が変わったことは言うまでもない。私がはじめてコロナ禍で衝撃を受けたのは、東京駅から「はとバス」の観光客が消えた時だったと思う*1。それまで2階建てのバスいっぱいに居たはずの外国人観光客が消え、さらに緊急事態宣言によって国内客が消え、乗客はほとんどゼロになった。そんな日が続いて、最後にはバスも出なくなった。緊急事態宣言が解除されてからまたバスが出て、多少は賑わう日も出てきたが、今また緊急事態宣言下で運航を中止している*2。私には、その光景が観光産業へのダメージの大きさを象徴しているように思えた。

 私自身も、仕事が休業状態になり、経済的に苦しい時期もあった。けれどそれ以上に私にとって苦しかったのは、他人のいろいろなところが見えてしまったことだ。コロナ禍は身近な人びとの知らなかった部分に光を当て、その人がどういう人間であるかをはっきりと私に見せつけた。例えば在日中国人を病原菌扱いする人間が職場にいた。そうした発言をした彼ら(彼女ら)は、私にとっては「どこかにいる差別的な人間」ではない。それまで私が関わってきた、善意ある普通の人間だ。そんな人間が、それまで共に働いて、少なからずその人柄を知っている在日中国人に対して(冗談交じりにせよ)そうした言葉を浴びせることが、少なからずショックだった。それは感情的にも理解できないし、論理的にも成り立たない話だった。私は、その浅ましさと愚かさと傲慢さに対する軽蔑を隠さない。普段はしないが、これははっきりと否定する。彼らは間違っていると。こういうことを身近な人間にしなければならないことは今まで無かったし、ショックなことだった。

 もちろん彼ら(あるいは彼女ら)は悪人ではない。ただ問題をなにか一つの原因(それさえ取り除けば解決する)に帰することで安心したかっただけなのかもしれない。だが、それは彼らが非常時にどのように行動するかを明らかにしてしまった。またその恐ろしさに対する自覚の無さも。

 そして、このことの裏返しでもあるのだけど、コロナ禍のなかで私が強く感じたのは、自分にとって本当に大切なものはなにか、ということが問われている――ということだった。自分にとって大切な情報はなにか。自分にとって大切なものはなにか。自分にとって大切な人はだれか。

 とにかくそれまでは雑念が多すぎた。他人の行動を責めたくなったり、ニュースを見て落ち込んだりもした。けれど、それが自分にとって必要なものかどうか、役立つかどうか、と考えてみると、実は苛立ちの多くは自分にとっては抱える必要のない雑念であることに気がついた。自分にとって大切なものは、普段は気づきにくいのだけど、実はとてもシンプルなものだ。そのことに気がついてからは、あまり一喜一憂することもなくなった(新型コロナウイルスと私の生活 - もの知らず日記)。

 結果として、人間関係も、身の回りのものも、心のなかも、いまは随分きれいに片付いたと思う。これからもコロナの影響は多少なりとも続いてゆくに違いないけれど、あの荒立った心を乗り越えた今、私はそうそう狼狽することは無いだろうという自信も、持っている。心の表面が風にさざめいても、その底が揺れ動くことはない。格好をつけて言えば、泰然自若とした「凪」の境地である。だから今の私は、人間として……少なくとも一歩くらいは成長しただろう、と思いたい。

*1:もちろん、芸能人の訃報もショックだったが、私が直接に見たコロナ禍の影響という点では、この人出の変化が一番最初だった。

*2:はとバスによれば、一部コースについて3月22日に運航を再開するそうだ。

散歩という変な趣味について

 散歩というのも、変な趣味だと思う。一日中ただ歩くだけ。距離にして10Kmから20Kmくらいは毎回歩いている。例えばある一日。

  • 朝起きて、ベランダに出たら、青空と暖かい風が気持ちよかった
  • こんなにいい天気だったら、善福寺公園の池に行ったらいいだろうなあ、と思う
  • 地下鉄路線図の端っこの地下鉄成増駅から歩こうと決める(約10Km)
  • メシは現地調達(コンビニは不可)
  • 善福寺公園に着いたら、もっと行ける気がしてきたので、新宿に行くことにした(10Km以上)
  • 着いたら夕方になったので、電車に乗って帰宅
  • その夜よく眠れる

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ある一日

 という具合だ。自宅から出発することもあるが、基本的にはその日の気分で出発地と目的地を決めて、なんとなく歩いて、なんとなく帰ってくる。ただ出発地や目的地はどこでもいいというわけではなくて、なんとなく「今日はこの場所ならよさそうだな」という気分がある。それも実際の経験などに基づくものではなくて、その場所の風景を自分勝手に想像しているのだ。行ったことがない場所でも、そこにいる自分を想像するのだ。

 こういうわけだから、自分の想像と違う散歩になることもある。つまり「ここなら今日は気持ちいい風が吹いているだろうなー」と思っても、実際行ってみたらはめちゃくちゃ寒くて鼻水を垂らしながら帰ってきた、ということも珍しくない。

 その予測不可能なところも、散歩の楽しみのひとつだ。目的地などあってないようなもので、ただ歩くこと自体が目的なのだ。場所にこだわりはない。しかしある。まったく変な趣味なのである。

 この散歩は、まず恐ろしいほど暇でないと成り立たない。体力がないと成り立たない。これといった充足感もない。ただ一つ楽しいのは、普段電車で何気なく通り過ぎる街と街が「道」というもので繋がっているという、ごく当たり前の事実を実感することだ。知っていることを、実際に感じる。このときの感動は、やはり歩いた人でないと分からないだろう……と、20.5Kmの散歩が無意味ではなかったと信じたい私は書かざるを得ない。

 ――蛇足だが、実際のルートは画像のルートよりも細道を歩いたりしている。近隣の方ならご承知だろうが、これといって変わり映えのしない街並みであると言わざるを得ない。そして土地勘のある人ならば、このルートを歩く私がいかに暇人かが分かるだろう。ほとんどは住宅街、新宿付近は低層から超高層のビルだらけである。それでも、ただ歩いているうちに荻窪付近には暗渠を埋め立てた緑道があったり、おしゃれなカフェがあったりして面白いものだ。通りすぎながら料理教室がやっているのをちらっと見て、「ああ、こんな場所でも人が生活しているのだなあ」と思ったりするのも楽しい。そして地図上にある「吉祥天」は、私が行こうと決めていた、それなりに有名な饅頭屋である。実はこの散歩には、(主目的ではないが)目的があったのである。

今日の夢

 祖母の家の屋根裏から外に逃げ出す夢。私は仕事でパソコンの初期設定かなにかをしているが、どうにもソフトのインストールができない。普通ならディスクを入れればスムーズに進むはずが、出来ない。それを責められた私は脱走を決意する。階段を上がり、二階の小部屋から屋根裏にあがって、隅の方をばりばりと剥がすと、外に出られた。しかしすぐに見つかってしまった。家に戻った私を、上司(現実とは違うが、そう認識している)が優しい笑顔で待っている。

 その家の居間で、女性が糸の球をひたすら回している。ハサミの切れ味が悪く、切れないのだと言う。私も試してみたが、せいぜい頑張っても繊維がバラバラになるだけで切れない。小さな棚をひっくり返して青い柄のハサミを見つけた。それで切ったら切れた。

 屋根裏に上がろうとするが、今度はさらにその上があるらしい。押し入れから短いはしごを探して、天井裏に掛ける。天井に掛かっているだけで地面についていないから上れるはずもないのだが、なんとか上る。その先は狭い空間で、神棚のようなものの先に天井裏の入り口があり、これが板で封じられている。私はそこに頭を突っ込んで、突き破る。家の外で、鎧をまとった子どもたちが騒いでいる。どうやらそういうイベントだったらしい。私は、この大掛かりなイベントは、この家を壊すようなものだから、二度とできない、と周りに宣言した。

 蔵にラップで包まれた肉がたくさんある。ここは歴史もののゲームの世界で、これは食材だと認識している。私はその一つを手に取り、フライパンを探す。棚は天井に備え付けてあり、高さ的に横からしか見えない。それらしきを手に取ったが、小さな取っ手の両手鍋だった。肉を焼くには蓋も欲しかったが、厨房からサーブするときにデザートに被せるような、ガラスの小さな蓋しかなかった。私は火をつけて、弱火にする。どこかから、今回のテーマはスープであると聞こえてきた。テーマと全然違うじゃないか、肉を焼くだけでいいのか、とも。何かを探して、意気揚々と厨房を後にした。

 制服をやめようか考えている。こんなものは所詮集団の迷信に過ぎないと上司が言う。作業時の室内の温度から言っても、それがいいのだ。そんな話をしているなかで、おばさま方が騒いでいる。そこに何かが落ちてきて、上司は怪我をした。目を腫らして、「ハサミが落ちてきた」と言う。刺さってはいないが危ないことだ、と思いながらも、上司が苦笑いしながらも仕事をしようとしているのを見ると、こんな(会社に対する)奉仕の精神は、私には持ち得ないものだな、とも思うのだった。

 ぼーっとしていると、向こうから大声で呼ばれた。マラソン大会が始まるという。走り出した私は、大学のゼッケンをつけて、トップからかなり遅れてスタートした。しかし、私は追いつけると確信しながら、目の前の選手たちをごぼう抜きにした。