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もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

大病院

駄文

 大病院ほど子どもの冒険心をくすぐる場所というのもなかなか無い。もちろんそれは、僕自身にとって大病院という場所が非日常的な場所だったということ、つまり大病院にお世話になるようなことのない鼻たれ小僧だったということだ。病院へかかると言えば、風邪などでおじいさん先生がやっている近所の小さな診療所へ行くくらいだった。

 そんな幼少期の僕にとって「大病院」は”ダンジョン”そのものだった。超音波検査やら、MRIやら、カテーテルやら、放射線ナントカと言うような耳慣れない単語ばかりが目に入る。おまけにそういう部屋はたいてい地下深くにあるか、奥まったところにひっそりとあるから、これがまた冒険心をそそられる。そのときわたしは家族の検査の付き添いで来ていたにもかかわらず、めいっぱい探検を楽しんだ。家族が検査を受けているというのに病院で遊ぶというのはとんでもない話なのだけど、子どもは遊びモードに切り替わるとそれ以外目に入らないものなのかもしれない。心配だったのも間違いないけれど、命に別状はないと知っていたからこそ、パッと遊びのほうに切り替えることができたのかもしれない(ちなみに、このとき売店で「チョコあ~んパン」を買ってもらったのをはっきり覚えていて、売店や菓子類を売る自販機でこの商品を見かけるたびに懐かしい思いがする)。

 今でも大病院というのは僕にとって全く縁のない場所で、それは5年や10年どころの話ではない。だから、大病院へ行く機会があるとすれば、とうに成人を迎えた今でも少なからずわくわくするところがある。たとえそれが自分の病によって与えられた機会だとしても、大病院という場所へ足を踏み入れる資格を得たことを、最初の数日くらいは喜ぶだろう。今でも大病院のなかを探検したい、すべての部屋を知り尽くしたいと思っている。食堂はどうか、庭はどうか、屋上はどうか――こうした関心は大病院に限らず、普段わたしが入る機会のないすべての施設に当てはまる。ところが悲しいかな、子どもであれば「探検」として許されるところも、大人になってしまえば「不法侵入」ということになりかねない。そうでないにしても「不審者」という謗りはまぬがれない。まったく、大人という身分は自由が利かない。「探検せよ、あらゆる好奇心を満たせ、今のうちに!」と、世のなかの子どもたちに伝えたい。もの知らずの老婆心か。