もの知らず日記

積み重なる駄文、天にブーメラン

読書嫌いに薦めたい本

読書嫌い

 プレゼントしたい本――わたしと同じ読書嫌いの人にプレゼントするとしたらどんな本だろうか、と考えたことがある。「わたしと同じ読書嫌い」というのは、「趣味は読書です」と言われたときに、どこかで劣等感というか嫉妬心というか、後ろめたいものを感じてしまう人。読書すなわち知的、というような価値観が嫌いな人。ブログなど、字を読むという行為に抵抗はないのだけど、読書となると楽しめないという人。本当の意味で読書が嫌い、文字と言うものを長時間見るのが嫌いと言う人にはおすすめ出来ないけれど、そういう人は少ないのではないかと思っている。ただわたしのように、本の世界に入り込めないせいで眠たくなってしまう、などということが多いのではなかろうか。

 ちなみにわたしは、小学校の「読書の時間」で読書が嫌いになったクチである。わたしは、趣味である限り、何ごとも面白くなければ意味がないと思っている。新しい知識を得るのも、物語に入り込むのも、本の楽しみだと思う。ところが「読書の時間」は、本の楽しみ方も教えることなくただ「読め」という。鼻たれ小僧がそんなことで本を好きになれるはずがない。

 もっとも、そんなわたしがひとさまに本を薦めるということ自体どうかとも思うのだけど、嫌いな人に面白いと思ってもらえればこれほど嬉しいこともないので、僭越ながらおすすめしてみる。

究極、読まずに楽しむ

 読書嫌いの方に、「『罪と罰』を読まない」という本をおすすめしたい。内容はタイトルの通り、小説家たちが、『罪と罰』の内容を読まずに想像してゆくというもの。けれどこれがまた面白い。わずかなヒントを手がかりにしてあれこれ推測するということが、字をなぞるだけではない読書の楽しみを教えてくれる。「読む」というのは、字をなぞるということではなくて、むしろそこから想像する方が核心にあるのではなかろうか。

 主人公ラスコーリニコフはどういう人物であるか、そもそも物語の流れはどうなっているのか、マルメラードフというのは覚えにくい、ソーニャの父親だからマメ父と呼ぼう、などと勝手に考えを進めながら『罪と罰』の全体像を浮かび上がらせようとする。その四人の姿を見ているだけで、あの『罪と罰』が読めそうな気さえしてくる。

 もちろん本を楽しむ方法というのはいろいろあると思うけれど、「読まずに読む」という試みは、読書の楽しみが凝縮されていて、刺激にあふれている。

 もちろん捨ててもらっても構わない。なんといっても、この本自体について読まずに語るということも可能なのだから。「未読の読書会」となるならそれも面白いかもしれない。それすら嫌だというほど好奇心のない人、関心の対象が合わない人であれば、そもそもその人にプレゼントしようという気すら起こらないだろう。

たいていの本はプレゼントしたくない

 本音を言えば、たいていの本、とくに小説と実用書は、プレゼントせずに「あれは面白いよ」と伝えるくらいで済ませたい。小説は読む手間がかかる上に、好みと合うかがあまりにも分からない。自分が感動できたとしても、それを自分からプレゼントするというのはけっこう抵抗感がある。本をプレゼントすること自体あまりしないかもしれないけれど、その中でもいちばんしづらいと思う。

 実用書も、レシピ本などは喜ばれるかもしれない。けれど、ハウツー本などは、必要としたときに自分で買うものだと思う。だから「あの本は面白かった」というくらいなら参考になるけれど、いきなりプレゼントというのは、と思ってしまう。プレゼントされたところで、下手をしたら、さらっと読んでポイッという人もいるのではなかろうか……。

 ただ、幼少期にもらった子ども向けの百科事典は面白かった。地球儀上の2地点を「まっすぐ」に結んでもそれは最短距離ではないとか、さつまいもを江戸に持ち帰って広めた人がいたとか、当時はとても面白く読んだ。これもまた子どもにプレゼントしたいと思える。もっとも、百科事典がないことを確かめてからでないと、百科事典が2冊3冊と重なって困るかもしれないが。

小学館こども大百科

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今週のお題「プレゼントしたい本」